2020年に入り、新型コロナウイルスの蔓延がアジアのみならず、世界に広がり、社会に不安が広がっています。
タッチケアの実践について壁となりやすいことは、「ハラスメント(いじめや嫌がらせ)の誤解」と「感染症」。前者は、主にコミュニケーションの問題となり、特に異性間ではセクハラととらわれやすい問題が常につきまとうので、丁寧なコミュニケーションが必要です。このことについてはまたの機会に。今日は、主に「感染症」という壁についてお話したいと思います。
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パンデミック等の感染症パニックをテーマにした映画等で、よく、愛し合う二人の一方が伝染病に感染してしまい、隔離され、触れあえなくなり、涙する・・・というシーンは、よく見かけるかと思います。ほんと、感染病は、人と人とのつながりと触れ合いを分断する、とても、厄介な地球上の現象です。しかし、人類は、思いおこせば、何度も何度も、こうした大規模な感染症を乗り越えてきました。そして、その中で、一度も、触れあうことを手放すことはなかったのです。なぜなら、触れあわないことは、すなわち、人類の生存や心身の健康までも妨害してしまうからなのです。
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ところで、こころにやさしいタッチケアでは、「気づき(awareness)」と共に触れることを、大切にしています。気づきとともに触れることで、受け手を尊重し、安心感と信頼感と共に、こころにも、からだにも、やさしく触れることができるからです。感染症に対して、適切な対処をすることは、「安心・安全」の基盤となる、大切な「気づき」のひとつです。
とくに、病院や、高齢者施設でのタッチケアでは、どのようなときでも、施術者が保有するウイルスや菌が、施術者にとっては特に支障がなくても、免疫力の下がった受け手の方にとっては、問題が生じることがあるので、基本的にこちらがもつ菌やウイルスを、相手に感染させないための準備をして施術します。感染経路を科学的に理解した上で、手洗い・マスク・あるいは、必要に応じて医療用グローブを使用します。
今回の新型コロナウイルスは、感染力が強く、まだ特効薬が発見されていないこと。そして、抵抗力のない方は肺炎等で重症化しやすいなど、これまで以上に警戒が必要です。施術者は、自分自身に感染があるかどうかをなるべく検査によって判断し、その際は、もちろん人との接触はやめる。あるいは、体調に不安があれば、避ける等の配慮が必要です。また、健康な状態であっても、自分自身がキャリアであることもあります。十分に気を付けて関わることが必要です。とはいえ、これは、今回のコロナウイルスだけではなく、医療環境下でのタッチケアの場合は、おおむね、同じことだとも言えるのではないでしょうか?
次に、どのような気づきが大切かを、整理していきたいと思います。
① 「感染ルート」に気づきをもつ。
一般に、病原体への感染経路として想定されるのは「接触感染」「飛沫感染」「空気感染」「媒介物感染」「血液感染」・・・等ですが、今回の新型コロナウイルスを想定しながら、区別して考えてみましょう。
まず、もっとも気になるのは「接触感染」。この意味は、「ウイルスに触れた手で、口や鼻を触ることにおこる感染」で、ウイルスの含まれた飛沫や血液や排出物等に触れた手で、口や鼻、目等に入り、感染するという経路です。あるいは、皮膚上の疥癬(ダニ)や水虫(カビ)等に接触することで、感染することもあります。
ここで大切なことは、もちろん、「手を清潔にすること」ですね。手洗いを、非常に念入りに行う必要がありますし、洗ったあとの手で、再び不用意にそのあたりを触れないことが大切です。手に触れるもの、たとえば、オイルの入ったボトルや、タオル等も清潔にしましょう。汚染された手で、そうしたものに触れないことも大切です。状況に応じて、手袋(医療用のグローブ)を使う必要があります(グローブを外す時は、外側に触れないようにします)。
接触感染という言葉を聞くと、「触れると感染する」というイメージがありますが、そうではなくて、「手」がウイルスを媒介しやすいという意味です。だから、握手をしたから、うつるのではなく、その手を、口や目や鼻にふれて、ウイルスが体内に入る前に、しっかりと洗えば問題はなく、電車のつり革だろうと、握手で触れる人の手であろうと、原理は同じです。なので、タッチケアの施術者は、手を清潔に保つということに、特に注意を払わないといけません。触れたあとも、清潔に手を洗います。そして、今、自分が、どこにどのように触れているのか?について、気づきをもつことが大切です(後述)
正しい手洗い法については、動画をあらためてご参照ください。
https://www.youtube.com/watch?v=F1b5pInPkP0
今回の新型コロナウイルスでは「飛沫感染」が確認されています。なので、マスクは自分の飛沫を相手に飛ばさないためには、一定の効果があると言えるでしょう。相手との距離が近づいてしまう施術の際に、マスクは必須です。新型コロナウイルスは、エアロゾル感染もうわさされていますので、この場合は、飛沫よりも粒子が細かく、空気感染に近いのでさらに警戒は必要ですので、マスク使用中でも、必要以上のおしゃべりは避けたほうが良いでしょう。また、マスクの外側に不用意に触れることも避けましょう。
やはり、大規模なイベントだと、ウイルスに感染している人が参加している確率がぐんと高くなるので、中止等の措置がされるのも理解できます。一緒に食事をすることも、大勢の場合は、注意が必要でしょう。ここで、必要となるのは、「距離」や「空気感」への気づきです。それも後述します。その他、経口感染や唾液感染、排泄物を介しての感染経路もありますが、ここでは省略します。
「血液感染」。これは、今回のウイルス騒動とは無関係のようですが、少し言及させていただきます。主に輸血や、大量の血液・体液の交流によって起きる感染です。B型・C型肝炎や、HIV等が有名です。採血や注射等、血液に直接触れる医療者の方は警戒が必要ですが、日常生活でのかかわりでは、まったく問題がありません(ちなみに、私の亡くなった父は、C型肝炎のキャリアでした) HIVウイルス感染者の方は、80年代に発見された頃はまだ特効薬が開発されてなく、非常に恐れられ、そして、差別や偏見の対象にもなりましたが、現在は薬を飲めば発症することもなく日常生活を支障なく送ることができます。私は、HIVのキャリアの方にも全身のオイルトリートメントを行うことがありますが、まったく問題がありません。むしろ、社会的な偏見のため精神的に苦しい思いをされているので、皮膚へのやさしい接触は、不安や孤独感を癒し、免疫力も高めるので、積極的に受けられたほうが良いというのが私の個人的な意見です。重ねて言いますが、「触れることで感染する」ということは全くないのです。想像してください。自分が「触れられてはいけない存在である」と思うことがどれほどその方の心を苦しめるかを。かつて、こうした誤解で、国によって隔離を強制されたハンセン氏病の方への問題も同様の誤解から生じています。このように、感染症については、感染経路を明確に理解して接しなければ、人々の心を傷付け、差別や偏見等の人権を迫害する問題になりやすいので、冷静にかかわることが大切です。
(感染症とは異なりますが、触れることで、施術者が影響を受けるという問題で留意すべきことは、オンコロジー・マッサージセラピーで毎回、学ぶことなのですが、抗がん剤等、非常にきつい薬物の投与中、皮膚から抗がん剤が滲み出て(暴露)、その肌に直接触れることで抗がん剤の影響を、施術者が受けてしまうことが、稀にあるということも知っておくと良いでしょう。言うまでもなく、これは、ウイルス等の感染ではありません。一時的な影響です。毎日触れるような病院勤務でのマッサージセラピストで無ければ、それほど大きな影響を受けることはありませんが、米国オンコロジーマッサージセラピーでのガイドラインでは、抗がん剤治療を投与した後の、72時間以内(3日以内)は、施術者は皮膚に直接触れるオイルトリートメント等の場合は、念のために医療用グローブを付けて施術をすることが推奨されています。上質で密着感のあるグローブは、受けている人にとっても違和感があまりなく、すべすべ感がむしろ気持ちよく感じられます。医療環境下では、グローブを使っての施術も、お互いの安全性を高めることを、クライアントさんに理解していただきながら、使用することの抵抗感をなくしていくことも、大切でしょう)
② 「距離」や「角度」「空間」に気づきをもつ。
タッチケアの講座というと、ハグをしたり、べたべたと触れ合うようなイメージをもたれるかもしれませんが、うちの講座に一度でも参加された方なら、そうではないことをご存じかと思います。“こころにやさしい”タッチケアですから、受け手の方にとって、安心安全な距離や、角度、スピードを丁寧に調整する必要があります。そして、それはお一人お一人の感性によって異なります。
また、講座には、稀に触れられるのが苦手な方もご参加されることがあります。なので、うちの講座では、まずは、自分自身に触れることを大切にします。自分への気づき、自分自身の中心をしっかり感じてから、人との距離を大切にします。自分の中心が感じられないと、人との距離を測ることができないのです。講座では、人と人との間にふれることも体験します。ゆっくりと距離を縮めていきながら、その瞬間瞬間で、どのように心が変化するかを体感します。私達は、空気を通じて、つながっているのを感じましょう。もちろん、マスクを着用し、かつ、角度等をうまく使い、直接飛沫が届かないポジション等も工夫すると良いでしょう。
また、お部屋の換気をし、空気そのものを循環させ、清潔に保つことも大切です。手を清潔にし、マスクもつけて、部屋の換気もおこない、気づきをもって、距離や角度を調整すれば、無意識に語らい、飛沫を飛ばしながら、大勢で一緒に、わいわいと楽しく食事をする宴会などよりも、感染の危険性が下がるのは、想像していただけるかと思います(飲食業の方、申し訳ございません。はやく、事態が収拾することを願ってやみません)
③ 何にどのように触れているのか、気づきをもつ。
①で も説明しましたが、手を洗うことは、本当に重要なことですが、さて、問題は、そのあとです。せっかく、清潔にしたにもかかわらず、再び、どこかに不用意に触れてしまう。たとえば、スマホ。たとえば、自分の髪の毛等。洗った手も、あっというまに汚染されます。
最近、電車に乗ると、ほとんどの方はマスクを着けておられますが、よく見ると、マスクをつけながら、無意識に自分の手で額やほほや鼻等に触れている方をよく見かけます。顔に触れると、手が媒介となりそこから目や鼻にウイルスが入る可能性が高まります。いわゆる、これが「接触感染」なのです。人は、ほんとうに無意識に、すなわち、気づきなく、どこかに触れてしまうものなのです。家の中等、日常生活ならば仕方がないでしょう。神経質になりすぎて、疲弊してしまうよりはおおらかであるほうが良いのかもしれません。
しかし、タッチケアの施術者であるならば、そうした“無意識に触れる”ことを諫めて、今、どこを、どのように触れているのかに“気づき”を持つ必要があるのです。その手は、癒しを届けると同時に、ウイルスも媒介するのだという自覚を持ちましょう。手を清潔に保つことも。自分自身の「手」に対しての責任の一部です。
また、持ち物や衣類等も、外部のウイルスを内部に持ち込むことがあります。触れる面をアルコール除菌をしたり、何か、カバーをしたり、注意が必要です。
そして、気づきを持つために必要なことは、グランディングです。大地とつながり、大地にささえられることで、心を穏やかにし、ゆっくりと、“今ここ”の気づきをもって、触れていくこと。こわごわと、心配しながら触れるぐらいなら、タッチケアの施術はお休みしたほうが良いでしょう。こちらの心配な気持ちは、相手に伝わり、“不安”こそが、感染していく主体となってしまいます。この、不安や怖れは、ウイルス以上に感染力が強く、人を傷つけ、厄介なものなのです。そこで、大切なのが、グランディングと気づき。ここで、ふたたび原点に戻りましょう。
④ 今・ここの気づき。グランディングの大切さ。
こころにやさしいタッチケアは、施術者が、自分自身をリラックスさせ、グランディングすることがもっとも大切な基本なのですが、何故、それが必要なのか?あらためて原点に戻ってみましょう。
それは、施術者の“気づき”を深め、広げるために必要なのです。グランディングすることで、自分自身が大地にしっかりささえられていて、不要な力をぬくことができます。集中せねばと頑張りすぎると、おうおうにして、前かがみになって、姿勢が悪くなり、そして、見える範囲が狭まります。すなわち、気づきが狭まります。思い込みが激しくなり、正しい判断を行うことができなくなります。気づきとは、一点に集中するのではなく、全体性(触れる箇所・受け手の方全身・空間全体・その施設全体・・・)を、ホリスティックに俯瞰することです。その上で、感染ルートの科学的に理解する思考力が活きてきます。気づきとは、思考する力の土壌でもあるのです。
過剰に心配しすぎ、心配な気持ちで相手の方に触れていては、相手の方も、不安になりますよね。それは、ウイルスを感染させるのと同じように、問題があるのです。不安がある場合は、いさぎよくお休みください。休むことは、とても大切なことで、そして、自分自身のセルフケアに集中しましょう。
その上で、落ち着いて、グランディングをし、受け手の方に、心地よさと安心感、そして、人とのつながりを感じてもらう。すべては、グランディングとマインドフルネスが勝負なのです。自分自身が寛ぐこと。足の裏を感じ、大地に支えられていることを大切にし、息を止めず(だから、マスクは大切)、“今・ここ”を大切にしながら、ゆっくりとかかわる。全体性をみわたし、改善すべきこと、避けるべきこと、対処すべきことを行いながら、相手に、安心・安全と。心地よさを伝えていくこと。すごく難しいようですが、そのぶん、施術内容はシンプルなほうが良いでしょう。まさに、doing よりも、being ですね。
今回の新型コロナウイルスの問題では、このように、気づきをもって触れること、マインドフルネスにふれることの意味が、一層に深まり、私達の「こころにやさしいタッチケア」も、感染予防の知識を深めると同時に、グランディングとセンタリング、そして、マインドフルネスの大切さを、1オクターブ高めることを、研鑚していきたいと思います。
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そして、、、。再び、振り返っていただきたいのです。
ふれあいのない、交流のない世界の味気無さを。
今は、感染が拡大しないための非常事態なので、仕方がないでしょう。
いずれ、特効薬が開発され、抗体を持つ人も増えるので、この嵐が過ぎ去るのをじっと待つ時期でもあります。
しかし、この問題が終えたあとにも、「触れてはいけない」「人と交流してはよくない」という風潮が残ると、それこそが、人類の心身の健康のための大きな危機だと言えるでしょう。
私達のからだは、やさしく触れられ、人とつながることで、不安や心配、ストレスや痛みを癒し、自分自身のからだを感じ、そして、孤独を癒します。触れられることの心地よさと、安心感は、リラクセーション反応を深め、自律神経系のバランスを高め、相乗的に、内分泌系・免疫系を高めます。ウイルスや病に打ち勝つ私達の身体本来の力を高めるのです。
なので、可能な限り、気づきを深め、そして、触れあうことを、大切にしていくことを、続けていきたいと思います。手を清潔にして、危険のない限りは、触れあうことを、続けていきましょう。傷ついた人ほど、触れられて、安心し、つながることが必要であることを、覚えていてほしいと思います。危険を回避するために知識を多くもつことは大切ですが、必要以上の情報に踊らされて不安や怖れに呑み込まれず、頭の中を整理整頓していきましょう。
そして、思い出してほしいのです。
すべてが、つながりあっていることが、この世界の本質です。
つながりを、おそれず、つながることの癒しを、引き続き伝えていきましょう。
今は、実際に、触れあうことは難しいかもしれませんが、声をかけたり、心でつながったり、目に見えない心の手で、触れあっていきましょう。
ウイルスの嵐が、春の訪れとともに過ぎ去りますように。
感染された方が、少しでも軽症で、回復されていかれますように。
感染を抑えるための隔離が、私達の心の分断を生み出しませんように。
今回の問題で、経済的ダメージを受けた方達に適切なサポートがありますように。
子どもたちが学校に行けなくて、仕事に行けなくなったお母さん達に適切なサポートがありますように。
最前線で働かれる医療者の方達のご負担が少しでも少なくなりますように。
祈りとともに。
2020年 3月1日
NPO法人タッチケア支援センター
~やさしくふれると世界は変わる~
代表理事 中川れい子
http://touchcaresupport.com/